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『Shall we ダンス?』 周防正行

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年が明けてもTUTAYA通いの日々が続く。11年ぶりの周防正行作品『それでも僕はやってない』に先立ち、いま改めて『Shall we ダンス?』を見た。パッとしない邦画ばかり目に付く現状では、『Shall we ダンス?』の出来栄えが新鮮に映る。当時、周防監督&桝井プロデューサーは、充分な勝算をもってこの“王道”の良識派エンターテイメントを撮り上げたことだろう。アメリカでの興収やハリウッド版リメイクは望外だったにせよ、国内の社交ダンスブームを作り出した本作は、もともと映画が持っていた風俗への影響力をいかんなく発揮し、それまでのエンターテイメント映画のスタンダードを更新した。でも、このエンターテイメントに「王道」という枕詞をふるのは、今だからできることである。冴えない中年サラリーマンが社交ダンスを通じて人生を取り戻し、家族関係を回復する物語、またその物語の展開のさせ方、構成、色物キャラクターの配置の仕方、確かにすべて定番だが、あまりに丁寧に作りこまれているため、既視感を突き破る力がある。

いま、大手TV局の資本投下を受け、製作委員会が合議制で主導する邦画界は、『Shall we ダンス?』みたいな企画力ある作品をこそ最も熱望しているはずだ。脚本と企画書でスポンサーが製作費を保証し、プリプロ段階で採算が見込める卓抜な企画。しかしその発想が逆に、人気のお笑い芸人の出演、何百万部売れた原作、有名ミュージシャンの主題歌という、先行ビジネス・モデルに基づいたオプション積み立て方式のマーケティング感覚に短絡し、緊張を欠いたイージー・ドライブを助長させる。エンターテイメントの“王道”、ゴルフで言うフェア・ウェイをキープするのに焦り、やたら刻んだショットを連発しているのだ。目先の手堅い消費を追いかけるばかりで、『Shall we ダンス?』みたいな、骨太の勝負精神というか、本気さというか、観客をスカっとさせる大振り一発がない。

そもそも“王道”という言葉を、けっこうみんなが誤解している。多くの先人たちに踏み固められた道を王道と呼ぶのではないはずだ。王道は、既成ジャンルがあって成り立つ道ではあるが、しかし普段はそれとなくみんなに理解されている程度で、実際に誰かが通らないと、そこが王道だったとは気づかない。再度ゴルフに例えると、普通なら刻んでいくべきコースで、勝ち気なタイガー・ウッズがティー・ショットをフルスイングした場合。ギャラリーが見守る中、ボールが大胆不敵な放物線を大きく描いていく。落ちたボールの位置がフェア・ウェイをキープしたとき、初めてギャラリーは、いま目の当たりにしたボールの軌跡(奇跡)を納得する。王道は、通った後にしかできないのだ。あるジャンル(ゴルフならコース)の潜在力をフルに前面化させたとき、あまりにそれがそのジャンルそのものであるため、初めてそのジャンルを発見した気になる。しかしそのジャンル自体は、確かに我々が何度も見てきた既成の枠組み(ゴルフ・コース)なのである。おかしな言い方だが、既存を発見する道が王道なのだ。ちなみにヒッチコックがサスペンス映画の王道を築き上げた時代では、確かに王道それ自体が、ジャンルそのものの発見であったかも知れない。しかし今の時代、新ジャンルを発見するなど不可能だから、既存のジャンルに内在する王道を見出すしかない。例えばイーストウッドの『トゥルー・クライム』は、サスペンスという手垢に塗れたジャンルを徹底した職人技で洗練させ、王道を感じさせた。

王道を行くには、大胆さが必要だ。『Shall we ダンス?』で、杉山なるサラリーマン(役所広司)が、ダンス教室の美人コーチ(草刈民代)からマンツーマンの指導を受ける。(既にこのキャスティングが王道)2人が互いの体を密着させた状態で、杉山から最初の一歩を踏み出す必要があるのだが、杉山は女コーチに遠慮して大きく踏み出せない。「遠慮しないで、もっと大きく踏み出して! 最初の一歩で全てが決まるのよ!」とコーチに叱咤され、意を決した杉山は遂にファースト・ステップを踏む。それは、草刈民代の股間を直撃するような大胆極まりない踏み出しだ。しかしそのステップの着地点が、“フェア・ウェイ”だった。大胆な一歩こそ、王道への一歩なのだ。杉山の通勤路は、社交ダンスに熱中する日々の中で異化されていく。道、駅、公園、会社のトイレといった日常風景が、ダンス・ステップに踏まれて活性化し、いままた再びそこにあったことを発見させられ、杉山の中で生き直される。そのとき杉山は、手垢に塗れた退屈な世界を自らの手に取り戻し、王様になっていたのかも知れない。それは、映画を通じて草刈民代と結婚した周防の人生と重なってもいるだろう。

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